2012年01月27日

寒空の観光街

久々に乗ったロマンスカーは快適で、流れる景色をボーッと眺めながら、肩の力が抜けていくのを感じていた。電車は住宅地を抜けると田畑や木々の多い場所へ出て、遠くの方には雄大な山々が広がっていた。車内はとても穏やかで、旅先への期待に胸は踊っていた。電車は程なくして目的地に到着した。

わずかに潮の香りがした。海の町に来たのだなと思った。時刻は18時を回り、町はひっそりとしている。旅館の汚れた看板が、アーケード街へと続く道の上に掲げられていた。シャッターが閉まっているお店は土産屋だろうか?アーケード街の天井には、ツリーの形をした電飾が施されていた。だが、それを眺める人はなく、町は静かに僕らを出迎えていた。

熱海に訪れたのは、いつ以来だろう?たしか、中学生くらいのときに親戚と一泊旅行に来たことがある。記憶の断片を拾ってみると、花火に彩られた熱海の町の光景を思い出す。宿泊していた部屋の目前に大きく打ち上がる花火。それを見上げるたくさんの観光客。花火がボンボーンと弾けるたび、まるでフラッシュライトに照らされたかのように、海岸線に沿った町並は浮かび上がった。記憶のなかの熱海は、歓喜と熱気が渦巻く華やな町であった。

地図を頼りに商店街を下っていくと、ちょうど閉店作業をしているおばさんがいた。赤ちょうちんの店からは、誰かの歌声が聞こえてくる。すれ違う人たちは、イルミネーションの下を早足で歩いていく。商店街を抜けると、大きな交差点があって、そこから海方面へと続く勾配の急な坂を下った。海からの湿った風が、道路を伝って頬を打つ。坂の中腹のあたりに見晴らしのよい場所があり、熱海港の光が眼下に見えた。海岸線を縁取るように連なる光。反対側の大きな暗闇には、赤や緑に点滅する光があった。停泊している漁船や監視船だろうか。わずかに揺らめくその光が、静かに波打つ海の存在を示していた。

宿泊するホテルに到着すると。速やかにロビーでチェックインを済ませた。ロビーはしんと静まり返っている。僕らの他には誰もいなかった。エレベーターに案内されると、僕らは7階の宿泊部屋へと向かった。

外観は古くても、中は昔ながらの旅館といった佇まいで、綺麗な畳と大きな窓から一望できる景色はなかなかのものだった。施設内には天然の温泉もあるらしい。行ってみようと思ったが、まずは夕食を何とかしなければと再び商店街に出ることにした。

先ほどより更に人の姿は減り、シャッターの降りた店も増えていた。あまりのんびりと店を選んでいる余裕もないらしい。とりあえず、目に入った近場の寿司屋に入ることにした。店内は2、3組の客がいて、普段はあまり飲むことのない焼酎と握り寿司を注文した。海が近いこともあってか、ネタはどれも新鮮だった。店内はとても静かで、職人が仕込みを行う音と家族連れの談笑が聞こえるだけだった。酒をじっくりと味わいながら、旅先の余韻を噛みしめて、テーブルの上の寿司をまたひとつ摘まんだ。

ホテルに戻り軽く酔いを覚ましてから、温泉に入ることにした。浴場には数人の宿泊客がいるだけで、貸し切りのように広々としていた。ゆったりと湯につかりながら、湯気で曇った大きな窓の向こうを眺める。熱海の町があった。夜空に花火が舞っていた真夏の熱海とは違っているけれど、こんな静かな熱海もいいなと思った。

翌朝、チェックアウトをしてから、商店街を再び訪れた。休日の昼間ということもあって、客足は増えていたが、活気や賑わいといったものはあまり感じられなかった。だけども、活気に満ちた人の賑わう場所に訪れることばかりが旅ではないのだ。華やかではないイルミネーション。早々に閉まってしまう商店街。一見すると、何の魅力も感じられない閑散とした観光地だ。だけども、都会の喧噪を避けて、ふらりと入った店で安い焼酎を飲みながら、期待もせずに頼んだあじの刺身に舌鼓を打ち、貸し切りのような温泉で物思いにふける旅があってもいい。

帰りの道中は旅の余韻を味わいながら、外の景色をボーッと見つめていた。家に戻れば、またいつもの日常が始まるのだが、昨夜の静かな町の風景が、僕の頭のなかにはずっと浮かんでいた。
posted by Dreamin' at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

視力低下の黄昏正月

2012年になりました。皆さま、いかがお過ごしですか?

僕はといえば、原因不明の偏頭痛に悩まされ、あまりにも不本意な正月となりました。いろいろと原因を考えた結果、シリョク・テイカという容疑者に行き着きました。眼科に行き検査を依頼した結果、彼にアリバイがないことが分かりました。

検査結果は0.3以下。数m先の文字がほとんど読めず、本当に驚きました。小さい頃から視力は良い方だったので、視力の暴落っぷりに落胆の色を隠せません。スタッフ曰く、この視力で、一日中パソコン作業をするのはかなりのリスクになるとのこと。偏頭痛、不眠、肩凝り、これら体調不良の元凶はヒロウ・ガンセイで間違いなさそうです。

そういうわけで、年末年始はとにかく携帯やパソコンを避け、目の保養に努めました。一点を見つめず、意図的に目を泳がせるという挙動不審スキルを習得し、目の疲労解消を当社比1.5倍の速度で実現。それでも、感覚を取り戻すのに3日ほど掛かったので、かなりの疲労が蓄積していたようでした。

現在はデスクワーク用のメガネを使用し、見える喜びを噛みしめている次第です。メガネ着用時の容姿について、理知的、インテリ、ムッツリスケベ、見た目に不快感を感じる、悪事を企ててそうなど、一定のご評価をいただきました。

昨年を省みると、隙間の時間を埋めるように携帯やパソコンを開いて、情報の収集を行っていたように思います。これは病的でした。「疲れたー」と横になりながら、ずっと携帯を見ている姿は、正に滑稽の極み。目を酷使しながら疲れが取れるはずもなく、受け身ばかりの悪癖は思考する時間も奪っていきました。

無思考の時間に慣れると、文章を書く機会も減り、ただ悶々とした時間を過ごしていたように思います。無意識レベルの習慣が放つエネルギーはとても強力で、肉体的にも精神的にも大きな影響がありました。自分自身の変化に対して、意識を向けることが足りていなかったと反省しています。今年は自分と向き合う"孤独の時間"をもう少しだけ持とうと決めました。孤独というと寂しさも感じさせますが、本当はちっとも寂しいことではなくて、豊かで穏やかな時の流れの中にこそ、真の孤独は存在しているのだと思います。


孤独とは、港を離れ、海を一人漂う寂しさではない。
本当の自己を知り、この美しい地球上に存在している間に、
自分たちが何をしようとしているのか、どこに向かおうとしているのかを知るためのよい機会なのだ。

アン・ジャノン・モンロー


孤独をしっかりと味わうことができたなら、日常の当たり前が違う意味を持ちはじめ、身近な誰かを想う気持ちをもっともっと大切にできるのかもしれません。


孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。

バルザック



バルザックさんの言葉をご挨拶代わりに、
本年もこの拙いブログとDreamin'を、よろしくお願いいたします。

今年は平穏無事な一年となりますように。
posted by Dreamin' at 18:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

ヘナチョコランナー筋トレを始める

今年の夏はひどく暑くて、日が落ちたあとも、走るには厳しい気候だった。
それに加えて、病み上がり。走ることをしばらく断念することにした。
何もしないというのも決まりが悪く、夕刻のヒグラシの声を聴きながら、
ストレッチや散歩をしていた。

九月になり、ようやく走れるかも?と期待したのだが、
ちっとも涼しくならず、ますますランニングから遠ざかってしまった。
ブランクが長くなればなるほど、走ることはますます億劫になっていった。

そして、ある日。
いつものように風呂に入ろうとしたときに、ふと目にしたオレ・イン・ザ・ミラー。
お腹がポックリと膨んだ男がいた。誰だ?俺だ!

風呂も忘れ、すぐに体重計に飛び乗ったが、体重はなぜか増えていなかった。
ただ、問題なのは体重の数字ではない。自分の体型に、自分が納得しているかどうか。
結局のところ、ダイエットへの飽くなき渇望は、この点に収束するのだと思う。

鏡の中の自分がきっかけだなんて、ひどく恥ずかしいのだけれども、
とにかく、ダイエットの決意を固めたのはこのときだ。素っ裸だった。

走るのはあまり気乗りしなかったため、とりあえず筋トレを始めてみた。
ただ、やるからには真剣だ。

まず、夜な夜な”正しい筋トレ方法”というような赤面キーワードをプッシュして、
Google先生に質問をぶつけまくった。

次にどこかの外人マッチョトレーナーが、
「ヘイヘイ!ボーイ!正しい腹筋はこうだぜ!」と言いながら、
ガンガン腹筋する動画もたくさん視聴した。
カメラ目線+満面の笑みで、「ユーの腹筋は燃えてるだろうか?」とおっしゃられる姿を見て、
正直、この人は少しだけおかしいのではないか?と思っていた。

ただ、情報収集のかいもあって、
正しい筋トレ?みたいなことも少しずつわかってきた。

今までは、バカみたいに回数を稼ごうと、腹筋や腕立てをしていたのだが、
本当に筋肉をつける場合には、ギリギリ10回〜20回できる負荷を与える運動が最適らしい。
そして、極力スローに動作を行うことも重要だ。
そうすることで、筋肉細胞の破壊→再生を意図的に誘発し、効率的に筋肉をつけることができる。

ただ、その代償として、高負荷のトレーニングはとても辛い。
何しろ、意図的に筋肉細胞を破壊するための運動なのだ。
マッチョがオススメするメニューを実践してみたところ、すごい筋肉痛に襲われた。
正に腹筋が燃えているようだった。動画の外人トレーナーへの暴言を、今こそ取り消そう。

トレーナーが目標に掲げたメニューをこなすのは無理だったけれど、
自分なりのヘラヘラ筋トレメニューを作り、数日おきに続けていた。
回数もあまり増やすことはできなかったけれど、多少は腹も引き締まってきたように感じられた。

涼しくなった11月くらいから、ランニングも再開した。
久々だったにもかかわらず、力を抜いて軽々と走ることができた。
おそらく、基礎筋力が向上したことで、
前よりも少ないエネルギー?で、走ることができたのかもしれない。
鍛え過ぎて筋肉をつけすぎると持久力が損なわれてしまうこともあるようだが、
自分のようなヘナチョコランナーにとって、筋力トレーニングはとても有用だと思えた。

そういうわけで、だいぶ遠回りをしたが、
ようやくランニングのモチベーションを取り戻せた。
いつかはフルマラソンに参加することを目標に、
今冬はじっくりと走ってみるつもりだ。もちろん、焦らず自分のペースを守りながら。

今日も仕事を終えて、のんびり40分ほど走ってきた。
気持ちの良い疲労感とともに帰宅。そしたら早速、腹を壊した。

そうか、今度は冷えに対して、対策を練らねばならないのか…
ヘナチョコランナーの道は、まだまだ長く険しい。
posted by Dreamin' at 00:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

秋夜の月を見ていた


雲隠れ富士の膝もと

秋の良き日に

宵の湖

空を見つめ

風はそよそよ

音もなく

水面を撫でる



彼方の月が

雲の合間から

照らしている

富士のシルエットが

空いっぱいのキャンパスに広がっている

その脇に

手が届きそうな星たち



湖面はゆらゆらと小さな波を

幾度も繰り返し

湖上の光を反射する

月がまばゆいほどに輝いていた



僕は湖の桟橋に腰掛けて

それをずっと見ていた

虫の音も

動物の気配も

人の姿も何もない

ただ 月があって

それに照らされる世界があって

僕はその世界を構成する一部となって

神聖な儀式を見守るように

ただ 存在していた

風がまたスーッと

僕の脇を通り過ぎた

posted by Dreamin' at 00:07| Comment(5) | TrackBack(0) | 詩作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

2011町田〜夏の陣〜

7月の終わりにカラダを壊した。
熱が出て、吐き気に襲われ、丸々1週間寝込んでいた。
そして、ほんのつい最近まで、その影響は続き、
心身の不調と戦っている間に、summer2011は終わりを告げていた。

後遺症の中で特に辛かったのは、お腹の下り具合だ。
いま、思い出してみても、ただただつらい。
下腹部のあたりがキュンキュンする。俗にいう”カフキュン”という奴だろうか?
思春期の中学生に多いというあれだ。

閑話休題。胃腸の話に戻る(別に戻らなくともよい)。
そもそも、僕の消化器官の脆弱性は、
各機関から改善命令のお達しが届くほどひどいものだった。
お腹を壊すことが日常茶飯事となり、
有事に際しても、別に…とか便座で呟けるくらいに
僕にはある種の余裕が生まれていた。

だが、今回の一件は、”お腹下しの自分史”のなかでも、
ひときわ大きな出来事だった。
呼吸するようにお腹を壊してきた僕でさえも、本当に堪えた一日となった。

あれは8月の連休に買い物がてら町田に行ったときだ。
某百貨店にいた僕は、下腹部に急な痛みを覚えた。

慌ててはいけないと己を鼓舞し、
刺激を最小限に抑えながら、速やかに地下へ駆け降りると、
忍者の様相で、トイレに滑り込んだ。

第一陣を退けて、ホッとしたのもつかの間。
百貨店からブックオフに場所を移した僕を、第二の刺客が襲ってきた。

ただ、ここは国内最大級の売り場面積を誇るブックオフ町田店だ。
各フロアに綿密に配置されたトイレによって、
第二の刺客たちを返り討ちにしてやった。
地の利を最大限に活かした勝利といえるだろう。

だが、町田の乱はいまだ静まることを知らず。

車を停めた駐車場に戻る途中、我が部隊は再び敵の急襲を受けた。
油断があったことは否めないだろう。
何しろ、その日だけで、僕は二回も敵を退けていたのだ。

三回目はない。

そんな、先入観が判断を鈍らせたのだろうか?
帰路を襲われたのも迂闊だった。
しかし、後悔をする暇もないほど、
敵の猛攻は凄まじく、熾烈を極めた。

早足の内股で撤退をしながら、態勢を立て直そうと必死だった。
慌てたら負け。敵を本陣に一兵たりとも漏らしてはいけない。

駐車場の近くに見つけたホテルに飛び込むと、
一階ロビーのフロント係にトイレの場所を尋ねた。

指示された場所には、豪勢なトイレがあった。
すでに敵は本陣の目前まで迫っていたが、
トイレスペースにたどり着いた僕は安堵をしていた。

が、なぜだかドアが開かない。
10cmくらいは開くのに、何か得体の知れない強い力によって
扉はすぐに閉ざされてしまう。
目と鼻の先に便器はあるのに、どうやってもドアが開かない。
焦燥が僕を伝った。主に下腹部のあたりを。

すると、たまたまトイレを利用中だった中年のホテルマンが、
「横のスイッチを押すんですよ」と、ボタンを横からプッシュ。
主を招き入れるように、ドアはシューっと静かに開かれた。

ドアは電動式だったんですね。
それを僕はバカみたいにガタガタやってたわけ。
しかも、狂ったような表情で。

つまみ出されてもおかしくない奇行だったにも関わらず、
ホテルマンは微笑しながら、わずかにお辞儀をして、
早々にトイレを去っていった。マジ、ジェントルマン。
胃腸共々、感謝感激ですよ。

まあ、そういうわけで、なんとか町田では事なきを得たんだけど、
帰りの車中はマラソンを走り終えたランナーみたいに、さすがにゲッソリしてた。
かつて、僕はこれほど尻を酷使したことがあっただろうか?
とか、アホなことを考えながら、運転していたような気がする。

あれから三ヶ月。

スッカリ体調も良くなって、お腹を壊すことは減ったけれど、
町田に行くことがあると妙にビクビクしてしまう。

わずか2時間くらいの間に、トイレを3軒もハシゴして、
電動のドアをこじ開けようとしたあの夏の日。

でも、大丈夫。

電動式のドアがあっても、僕は落ち着いて開閉ボタンを押すことができるのだから。
これからも胸を張って腹を下そう。



ホテル ラポール千寿閣で働くジャントルマンに感謝をつけて。
このエントリーを捧げます。



posted by Dreamin' at 16:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

ヨナキドリ

深緑が茂る森の奥深く

古の昔から

この世界を見守ってきた大樹があった

太陽が西に落ちると

森は静寂だけを

その懐に抱いて

生き物は闇に溶けていく



時はゆるやかだ

邪魔するものは何もない

風だけがやさしくそよいでいた



一羽の真っ白な鳥が

音もなく空を駆けていく

雲の合間を縫うように

空をくるりと舞い

大樹の頂に降り立った



誰も聴くことのない歌を

夜泣き鳥

声は届くのか

夜泣き鳥

霧のような声を

夜泣き鳥

美しい夜空と世界を

その水色の瞳に映しながら



静寂を抱いた

森だけが

この歌に耳を傾けている

呼応するように

木々の揺らめきがリズムとなる

音無き音たちの群れは

いつしか音のないまま

無限の旋律となって

この大地に伝うだろう



この耳には

聴こえなくとも

夜泣き鳥

この胸のなか

確かに響いているから

夜泣き鳥

今宵も大樹の上に立ち

霧のような

その声を

聴かせてくれ
posted by Dreamin' at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

あっぎー復古の大号令vol.2

vol.1はコチラ


いよいよ、お待ちかね!
我らが厚木市のマスコット事情について調べてみた。
そしたら、厚木も立派なマスコットキャラがいたんす。


ちょいと画像を拝借。

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(C)厚木市


名前はあゆコロちゃん。

B級グランプリでシロコロが有名になった厚木市だけど、
そのブームに便乗どころか、全力でダイブした感じて、とっても清々しい!
ネーミングも外見も短絡的シンプルで好感度もアップ。
思わずいいねボタンを連打しちゃうね。

また、ハッピにはセールスポイントを随所に取り入れて、
厚木を精力的にアピール!!
ホント、マスコットの鏡。商魂が宿ったブタとは彼のことですぜ!!

ただ、頭に乗せているアユは、ちょいと疑問だね。
いくら、アユが厚木の名産だからといって、
頭に乗せるというのは、いくらなんでもあんまりだ。
工夫もへったくれもあったもんじゃない。
アユを貶めることにすらなりそうだ。

ただ、そんなことを思いながら、画像のエピソードを読んでみれば、

なんと!

アユはかつてあゆコロのじいさんと冒険したというじゃない。
すごいね。一瞬で、僕の頭の中で物語がつながったよ。
つまりはこういうことでしょう。

あゆコロの父は冒険家のじいさんを見て、こうはなるまいと思ったんだろうね。
父は真っ当な職に就いたわけだ。
それでいつしかあゆコロも生まれ、幸せに暮らしていたある日。
たまたま夏休みに遊びに行ったじいさんの家で、
あゆコロはじいちゃんの冒険日誌を見つけちゃうわけだ。

「うわー、冒険って楽しそうだな〜」
と、目をキラキラさせながら、日誌を読むあゆコロ。
「あゆコロちゃん、君も旅に出てみるあゆか?」
日誌があった奥の箱から、突然、アユが飛び出してきた。
「お前は誰だ!!??」と、驚くあゆコロ。
ぴちゃぴちゃと床を跳ねながら、
「そんなことより、お水プリーズ」とエラをパタパタするアユ。

「しょうがないなぁ。ここには水がないから、汗っかきの僕のところにおいで!」
と手を差し出すあゆコロ。

ピチャピチャと跳ね回っていたアユは、
一度、大きく反ったかと思うと、
次の瞬間、ぴょーーんと大きく宙を舞った。

気がつけば、ピタッとあゆコロの頭に収まるアユがそこにいたのだった。

「うわーー、頭はよしてよ。頭は!」
「お前の頭の上、スゲー快適あゆよ!相模川よりキレイ!」とご機嫌のアユ。

まあ、そこからアユが昔の冒険エピソードを語るんだけど、
それに触発されたあゆコロは冒険の旅に出るんだね。

父との衝突。
仲間との出会い。
母との再会。
幻のシロコロとは何なのか?
そして、アユの正体は?

今夏、厚木市内12か所で同時上映開始!


と、まあ、きっとこんな感じでしょう。




あなた「でも、おかしくないですか?アユの寿命はそんなに長くないし、ブタの寿命を考えると、明らかな矛盾が…」




いや、あんたそれは野暮ってもんだよ。




あなた「それにいくら汗っかきだからって、頭の上で魚が生きられるわけないでしょう。非現実的過ぎますよ」




よし、わかった。シャラップだ。いいか、魔法の和訳をするぞ。
「黙らっしゃいでポポポポーン」だ。

もっといえば、
「You're Very YABO.But, I'm not YABO.(あなたはとても野暮ですが、私は決して野暮ではありません)」

そのままじゃ全国野暮ランキング10週連続1位確実だよ。
マスコットキャラクターに期待してもいいけれど、”リアリティ”だけは求めちゃいけないんだ。

アユの寿命?水がなきゃ魚は生きられない?
そんなことはどうでもいいんだ。

駅前がゴーストタウン状態の厚木が、マスコットに夢を乗せて、みんな楽しんでんだよ。
大学もどんどん撤退してんだよ、厚木は。
青学も昭和音大も、みんな市外に移転しちまった。
駅前を見てみろよ。カラオケとパチンコの町かここは?

モノレールを作ります!とか、大風呂敷を広げたいつかの市長が、
公約をガンガン破った結果がこれだよ。

ツラいだろう?やり切れんだろう?

だから、マスコットキャラのコンテストを大々的に行って、
PR用のかっこええ映像まで制作して、
町ぐるみで現実から目を背けようとしてるんじゃないか。

そんな諸事情を知っても、
なお、あんたはKEEP YABOなのかい?

確かにプロモ用の動画の再生数は600回という微妙な数字だったよ。
だが、問題なのは再生回数じゃない。

本当に問題なのは、
あっぎー復古の大号令というタイトルにも関わらず、
あっぎーが一向に出てこないこのブログだよ。

次は出るよ。ホントに出るよ。あっぎー。
今日はここまで。



つづく
タグ:あっぎー
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2011年06月12日

あの日に見ていた夢は

とうに色褪せてしまったのだからと

古いケースから

テープをひとつ取り出して

鉄枠に囲われたブラウン管に

モノクロの映像を何度も映す



コメンテーターが

人々にマイクを向けて

尋ねている

笑っているのか

泣いているのか

分からないといった表情で

口をパクパクさせる

人、人、人



誰も語るべき言葉を知らない

風も昨日から歌わない

木々は立ち止まったまま

春は音もなく去った

だけど

それが本当のことだと誰が確かめたというの?



夢がまだ

純粋であったころ

拍手でそれを讃えた

響きを覚えているか



それはあの頃と

同じであって

同じではなく

捨て去りたいくらいに憎らしく

それでも

何度も手を伸ばしては

僕を夢中にさせている
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2011年06月01日

あっぎー復古の大号令vol.1

前からずっと書こうと思いながら、なかなか触れられずに来たテーマがある。
その理由はいくつかあるのだけれど、
そろそろ声を大にして、伝えなければならないと決心した。
今さらなのは百も承知で、あえて書く。

町興しブームなう。

取ってつけたように地元を盛り上げようと叫ぶ人々。
地元LOVEみたいな空々しいことを言いながら、
評判も上々でラッキー!みたいな底なしの浅ましさが見え隠れ。
正直、そんな姿を見るにつけ、閉口してしまうのだが、
そういう”立派な方々”が掲げる"地元"というキーワードが、
本当に意味するところは、そこに住む人々全体の利益を指しているわけではない。

もっと限定的な人たちにとって、大きな利益をもたらす試みが、
"町興し"などと呼ばれたりもしているのだから、
まったく笑えないジョーダンである。

ただ、僕が書きたいのは、地元に蔓延る守銭奴のことではない。
もっとポップな話題を提供したいのだ。
そんなわけで、今回は町興しに欠かせないマスコットキャラをテーマにするぜぃ!

マスコットキャラというと、よく耳にするのが、
公共団体(市や県)が主体となって開催される、マスコットキャラの募集コンテストだ。
偶然にも海老名市のマスコットキャラがつい先日、決まったらしい。
どんなキャラクターだろう?
早速、検索してみたら、画像を見つけた。


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えびーにゃ


一瞬、サンリオから使者が来たのかと、モニタを二度見してしまったが、
イチゴにエビを着せるという奇抜さに惜しみない拍手を送りたい(パチパチパチ)。

おいおい、エビとイチゴの組み合わせってどうなのよ…

なんぞと、愚かな疑問を持たれたそこのあなた。
見当違いも甚だしい。
キラキラとした真っ直ぐな瞳を見てみよう。
彼女が笑顔で語りかけているではないか。

エビとイチゴの喰いあわせは日本一!!!!!!

魚介と果実の最強タッグの誕生だ。
また、「えびな」をひらがなで表記するあたりもポイントが高い。
ひらがなを並べただけなのに、ロゴマークみたいだ。
ムダを省くことこそが、真のデザインであるとか誰かも言ってた気もしてきた。

ただ、なぜだろう?

子ども人気を獲得しようというあからさまな狙った感と、
今では被り物へと変貌を遂げてしまったエビ様のことを考えると、
少しだけ胸が痛くなる。

ホントは変種のエビに寄生されたイチゴの妖怪なんです…、
とか制作者に裏設定をカミングアウトされてしまった日には、
本体はどちらなんでしょうか?と
できる限り紳士の態度で海老名市に問い合わせることにしよう。


こんなアホなことを考えながら、画面をスルスルやっていたら、
第五位にもっとスゲーのがいた。規格外の奴。



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えびなさん


なぜ、予選で落とさなかったのかと、選考委員会の正気を疑うような孤高の表情である。
海老名のイメージを損ねることは確実だろう。
そもそも、マスコットキャラのカテゴリから大きく逸脱している。

ドラクエでいえば、敵モンスターであるし、
FFでいえば、敵モンスターであるし、
アンパンマンでいえば、敵モンスターであるし、
もう多分、どこの世界に行っても彼のポジションは敵モンスターしかないだろう。

ただ、既存のマスコットキャラが媚を売るような半端者が多い中で、
彼のように真逆のスタイルでコンテストに挑戦してきたことは称賛に値する。

一度見たら二度と忘れられない。

アゴなんか、薄ら青いじゃねーかよと思いつつ、
これに決まれば良かったのに…と思ったのは、自分だけではないだろう。

彼がマスコットになっていれば、間違いなく海老名の知名度は上がったはずだし、
海老名駅の近くにこいつを立たせた結果、
きっと、小さな子どもたちが泣き叫ぶ事案が発生し、
その子の両親(モンスターペアレント)が猛抗議にやってきて、
最終的にはモンスター(えびなさん)vsモンスター(親御さん)という熱い構図も期待できただけに本当に残念だ。


あ!!
本題である厚木のマスコットの話に至る前に、こんなに長くなってしまった。
次回は我らが地元、厚木のマスコット事情について書くよ。
ついにあっぎーが登場するから、みんなお楽しみに!




つづく
タグ:あっぎー
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2011年05月27日

継続に対する誤解と自分なりの勝手な定義

久しくブログの更新もしていないし、詩を書きたいなと思い至る。
だが、なかなか考えがまとまらない。

では、軽いタッチのエッセイはどう?
う〜ん。題材が見当たらない(そもそもそんな腕もない)!

もう!じゃあ、本や映画のレビューはどう?
う〜ん、なんだかあまり気乗りがしないなぁ。

そんなやり取りを頭の中で繰り返していたら、
すでに5月も終わろうとしていた。

唐突だけれど、あれは高校生の頃。
吹奏楽部に所属していた僕は、
譜面とにらめっこをしながら、楽器の練習に励んていた。
すると、隣で練習をしていた先輩がポツリと言った。

「一日、楽器の練習をサボるとね、
それを取り戻すのに三日かかるんだよ。
だから、うまくなりたいと思うのなら、
たとえ短い時間だっていい。
とにかく必ず毎日、続けることが大切だよ」

こんな趣旨のことを話してくれた。
僕はこのやり取りを時々、思い出す。
なまけものの自分を律するように。

分野が違っても、このような教えは、
何度も何度も話されてきたのだと思う。
上達や成長のためには”反復と負荷”が欠かせないと、
大学の教授もおっしゃっていた。

そして、これはとあるスポーツ雑誌にあった一文。

どんな一流のアスリートも、
一ヶ月間、トレーニングをまったく行わないと、
一般の人たちと変わらないレベルまで、
肉体レベルが衰える。


人は成長するために継続しなければならないのか。
それとも、立ち止まっているとどこまでも衰えてしまうから、
動き続けなければならないのか。

このどちらも真実に違いない。

だが、ふと気がつけば、
ずっと立ち止まったまま、頭ばかりをグルグル回し、
本当は知りもしないことについて、
訳知り顔でひとり頷いている自分がいたりもするから笑ってしまう。

だが、笑ってばかりもいられないのだ!
かといって、反省の弁は聞きたくない!

きっと、ここで求められているのは、
続けられなかったことへの反省ではなく、
再びスタートを切る気軽さだ。

だから、軽快な心持ちで、挫折しそうなことも再び始めてみる。
案外、難しく思われる(少なくとも僕にとって)
"継続していく"ことが、もしかしたら少しだけ身近に感じられるかもしれない。

継続とは同じことを繰り返すのではない。
同じように見える活動の中に、新たな発見や世界を含ませ、
日々、新たなスタートを切る行為。

そう思わないと、なまけものの僕にとって、
継続とはあまりに堅苦しく、
ますます遠い世界のように思えてしまうから、
自分勝手な定義を胸に、再びスタートを切ってみようと考えている。
posted by Dreamin' at 12:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする