2012年04月20日

ガムを噛む人

パソコン仕事をしていると、ついつい爪を噛んでいるときがある。
恥ずかしながら、これは小さい頃からの悪癖だ。
自分でもうんざりするのだけれど、無意識で噛んでいるのだからタチが悪い。

悪癖の克服に向けて、いろいろと手を打ってきたのだけれど、
先日、"ガムを噛む"という対処法を思いついた。
コンビニでゲットして、早速、実戦をしてみた。

で、結果どうなったのか?

爪を噛むことは明らかに減った。
何しろ、僕はガムを噛んでいるわけなのだから、爪を噛む理由がない。
ただ、予想外だったのはその消費量。

12粒入りのガムなど、午前中だけでなくなってしまう。
明らかに噛みすぎ。ガム中毒!
それでも、爪を噛んでいる人と言われるよりは、ガム中毒者の方がいくらかマシと考え、
近所のドラッグストアで、ビッグサイズのガムを買うことにした。

多分、100粒くらい入っているだろう。
これをデスクの上に置いて、パクパク噛みながら、仕事をしている。

いくつか気づいたのは、どうもストレスが増えると、
それに比例して、ガムの数が増えるらしいということ。
仕事に行き詰まったときなど、3粒くらいまとめて口に放り込んでいるときもあった。
アゴの筋肉痛も日常茶飯事だ。

ただ、最大の問題点はガムに含まれているキシリトールである。
こいつがくせ者。
ガムのパッケージの注意書の欄にはこう明記されている。


※一度に大量に食べると、お腹が緩くなることがあります


今日もたくさん仕事をして、ガムを大量に消費した。
その結果、夕方くらいから、ずっとお腹がゴロゴロ鳴っている。
そして、5分に1回くらい屁が出る。

うーん。

爪は噛まなくなったけれど、新たな悪癖が生まれたような気がするのは気のせいだろうか?
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2012年02月29日

筆者のプラシーボ効果にご注意ください

冷え対策の方法を学び、急な腹痛にも慌てないメンタルを鍛え、虚弱な胃腸との上手な付き合い方を覚えはじめた近頃。それでもトイレに駆け込み、「なぜ、僕はこんなにも腹を下すのでしょうか」と天を仰ぐことがある。もし、胃腸の神様がいるのなら、教えて欲しい。人は腹を下した数だけ、強くなれるのでしょうか?

「ビフィズス菌が腸にいいのよ」

声の主は母である。事あるごとに母は僕にこう言った。ビフィズス菌を飲みなさい、と。「ビフィズス菌なんて、効かんでしょう」と斜に構える僕。まるで、聞く耳を持たない。男の子はいくつになっても、母に対して反抗期であるのだと思う。

しかし、長期に渡り(数ヶ月以上)、母から事あるごとにビフィズス菌の勧誘を受け続け、ついに僕もビフィズスの軍門に降ることとなる。先月の中旬くらいから、粉状のビフィズス菌を飲み始めた。半信半疑であった僕に、変化が起きたのは数日が経ってからだ。

まず、下り直通の快速急行しか運行していなかった『ドリーミン線』に、各駅停車が登場した。つまりは便秘ナウ。これは本当に驚いた。便秘なんて都市伝説だと思っていた僕に衝撃が走る。更に数日が経つと便秘も治まり、ドリーミン線は平穏を取り戻したのだが、狂ったように暴走していた快速車両を見かけることはほとんどなくなった。寒い夜にジョギングをし、お腹を冷やしてしまっても、快速急行は本日運休のアナウンス。ダイヤは淀みなく、順調に運行されていた。

そして、現在。ビフィズス菌を飲んでから一ヶ月以上が経つ。お腹を壊すことが減り、食欲も快調!胃腸の神様に祈ることもなくなり、今では立派なビフィズス菌の信奉者だ。

「最近、胃腸の調子が良くなくて…」

もし、そのような言葉を耳にしたのなら、僕は胸ポケットからビフィズス菌を取り出して、満面の笑みで、こう答えるだろう。

「ビフィズス、どう?」

右手にはもちろん、明治の飲むヨーグルトだ。これには胃腸の神様も苦笑い。今日から、このブログの主をヨー・グルーミンとしたい。

そして、母の言うことはちゃんと聞くことだ。道理に合わないように思えても、息子や娘に関することに限り、母の言うことはやっぱり正しい。何より、口うるさく気に掛けてくれる内が、きっと華なのだから。
posted by Dreamin' at 12:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月27日

ガダラの豚 中島らも レビュー

久々に小説を読む。中島らもさんの『ガダラの豚』。タイトルだけ見ても、中身がさっぱりわからない不思議なタイトルだ。あまり期待せずに読み始めたのだけれども、これが大当たり。少しだけ感想を書いてみたい。

本書は三部構成になっていて、各部ごとに物語のベクトルは少しずつ変化していくが、全体のテーマは変わらない。いわゆる"超常現象"や"世の不思議"に関して、様々な考察や科学的見地から解き明かしてくのだが、先の読めないストーリーと絡み合いながら、物語はどんどん深みを増していく。

第一部では、超能力者に関する考察や悪徳カルト団体との対決がメインとなって、あらゆる不思議に対して、科学的解答をしっかり用意する。盛り上げどころもちゃんと用意されているのだが、これは本書の序の序に過ぎない。なぜなら、本書を読み進めていくうちに、第一部自体が伏線だったことに気づくからだ。

続く第二部の舞台は日本からアフリカに移る。ここから、風向きは少しずつ変わりはじめ、どうも科学一辺倒という考え方が危うくなってくる。また、主人公たちと現地の人たちが交流する中で、アフリカに根付く"呪術"という文化が語られ、この部分だけを取り出してみても非常に興味深い内容となっている。ただ、そうした解説が挿入されていても、物語のテンポ感が失われることはなく、正体不明な敵の登場やダイナミックなストーリー展開に、気がつけばどんどん物語に引き込まれていた。そして、外せないのが一癖も二癖もある多彩な登場人物たち。ユーモアたっぷりのやりとりに、思わずニヤリとしてしまった。らもさんの本領発揮といったところだろう。

ただ、第三部だけはかなり毛色が違っていたように思う。いろいろな人たちのレビューを見ても、意見はかなり割れているようだ。いい意味でも悪い意味でも予想を大きく裏切られることだけは間違いない。もし、三部単体で見るとするならば、こういう小説なのだと割り切れるのだが、一部と二部を含めトータルに本書を捉えた場合、否定的意見が出ることは仕方ないのかもしれない。裏を返せば、それだけ一部と二部の出来がすばらしいとも言える。ただ、著者はかなり早い段階で、三部のラストをやろうと考えていたような気がする。いくら評価が分かれようと、読者の予想通りに進むストーリーは書きたくない。そんな決意を込めたからこそ、この小説の始まりはあのような書き出しだったのではないか。

総括をすれば、科学で説明のできる世界とそうではない世界の狭間で、どちらに寄り添うことのないまま、エンターメント性を豊かに発揮した希有な小説だろう。細かく検証すれば、いくつか矛盾点も散見されるのだが、物語全体が放つエネルギーがそれを感じさせない。難しいことを抜きにして、とにかく小説を楽しみたいときに。自信を持って、人に奨めることができる一冊だ。
posted by Dreamin' at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想文(レビュー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月04日

空にはおひさま、足下には地球

つい先日、ある発表会を見る機会があった。
場所は近所の文化会館大ホール。何度も訪れたことのある場所だ。
だけども、その日の舞台は今まで見てきた舞台とは少し違っていた。
主役は保育園の子どもたち。大人は小さな主役たちを見守る観客だった。

この発表会は子どもたちと親御さんのため、地元の保育園が連携して開催を行ってきたものらしい。子どものいない僕が行くのは場違いだと考えたが、保育園勤務の某先生からの猛プッシュを受けて、土曜の午後から会館に向かうことにした。

会場には親御さんたちと思われる団体がたくさんいて、単独でやってきた革ジャン姿の僕は不審者オーラが全開だった。それでも、受付で引き留められることもなく客席に無事入場。端っこの席で、演目の開始を待った。

開演の時間になると、照明が落ちて、舞台の幕が上がる。袖の方から、子どもたちがゾロゾロと入ってきた。演目は音楽劇の『サルカニ合戦』。音楽が始まると、子どもたちがピョンピョンと踊り出した。音楽パートのダンスが終わると、劇パートに移る。流れてくる台詞のタイミングに合わせて、子どもたちは演技を披露した。

何度も練習を重ね、台詞の内容とタイミングをしっかり覚えてきたのだろう。努力の跡がとてもよく分かる演技だった。気がつくと、革ジャン男も『サルカニ合戦』に釘付けだ。

場面展開に合わせて舞台のセットが変わったり、照明機材なども効果的に使われていて、先生たちの舞台演出もお見事!そして、1000人以上が収納できる大きな舞台でも、子どもたちは物怖じすることなく最後まで堂々と劇をやりきった。力一杯の演技をした子どもたちに拍手!

劇の後には、クラスごとに分かれてダンスを披露してくれた。太鼓のバチを使った派手なアクションもあれば、ドレスをまとっての親御さんたちへのメッセージを込めた手話ダンスもあり、本当にバラエティに富んだ発表会だった。

そして、ラストは子どもたちと担任の先生たちによる合唱。
曲は『ともだち賛歌』だ。


※以下、歌詞を抜粋

ともだち賛歌

一人一人がうで組めば
たちまち誰でも仲良しさ
やぁやぁ皆さんこんにちわ みんなで握手
空にはおひさま 足下に地球
みんなみんな集まれ みんなで歌おう

おひげをはやしたおじさんも 昔は子供
空にはお日様 足元に地球
みんなみんな集まれ みんなで歌え

世界の友達集まれば
何にもおそれることはない
行く手はアフリカ ポリネシア みどりの森
空にはお日様 足元に地球
みんなみんな集まれ みんなで歌え


※以上、歌詞抜粋


最後の合唱は、みんなみんな元気いっぱいで、最高の笑顔だった。客席を見れば、子どもたちをうれしそうに見守る親御さんたち。やさしい空気が会場全体に満ちていた。すばらしい場所に立ち会えたなと思った。

終演後、表へ出ると外は更に冷えているようだった。上を見れば、美しい冬晴れの空。僕は先ほどの子どもたちの元気な歌声を思い出していた。いつもよりもやさしい気持ちになれた気がして、20以上も年齢の離れた小さな主役たちに深く感謝をした。
posted by Dreamin' at 14:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

寒空の観光街

久々に乗ったロマンスカーは快適で、流れる景色をボーッと眺めながら、肩の力が抜けていくのを感じていた。電車は住宅地を抜けると田畑や木々の多い場所へ出て、遠くの方には雄大な山々が広がっていた。車内はとても穏やかで、旅先への期待に胸は踊っていた。電車は程なくして目的地に到着した。

わずかに潮の香りがした。海の町に来たのだなと思った。時刻は18時を回り、町はひっそりとしている。旅館の汚れた看板が、アーケード街へと続く道の上に掲げられていた。シャッターが閉まっているお店は土産屋だろうか?アーケード街の天井には、ツリーの形をした電飾が施されていた。だが、それを眺める人はなく、町は静かに僕らを出迎えていた。

熱海に訪れたのは、いつ以来だろう?たしか、中学生くらいのときに親戚と一泊旅行に来たことがある。記憶の断片を拾ってみると、花火に彩られた熱海の町の光景を思い出す。宿泊していた部屋の目前に大きく打ち上がる花火。それを見上げるたくさんの観光客。花火がボンボーンと弾けるたび、まるでフラッシュライトに照らされたかのように、海岸線に沿った町並は浮かび上がった。記憶のなかの熱海は、歓喜と熱気が渦巻く華やな町であった。

地図を頼りに商店街を下っていくと、ちょうど閉店作業をしているおばさんがいた。赤ちょうちんの店からは、誰かの歌声が聞こえてくる。すれ違う人たちは、イルミネーションの下を早足で歩いていく。商店街を抜けると、大きな交差点があって、そこから海方面へと続く勾配の急な坂を下った。海からの湿った風が、道路を伝って頬を打つ。坂の中腹のあたりに見晴らしのよい場所があり、熱海港の光が眼下に見えた。海岸線を縁取るように連なる光。反対側の大きな暗闇には、赤や緑に点滅する光があった。停泊している漁船や監視船だろうか。わずかに揺らめくその光が、静かに波打つ海の存在を示していた。

宿泊するホテルに到着すると。速やかにロビーでチェックインを済ませた。ロビーはしんと静まり返っている。僕らの他には誰もいなかった。エレベーターに案内されると、僕らは7階の宿泊部屋へと向かった。

外観は古くても、中は昔ながらの旅館といった佇まいで、綺麗な畳と大きな窓から一望できる景色はなかなかのものだった。施設内には天然の温泉もあるらしい。行ってみようと思ったが、まずは夕食を何とかしなければと再び商店街に出ることにした。

先ほどより更に人の姿は減り、シャッターの降りた店も増えていた。あまりのんびりと店を選んでいる余裕もないらしい。とりあえず、目に入った近場の寿司屋に入ることにした。店内は2、3組の客がいて、普段はあまり飲むことのない焼酎と握り寿司を注文した。海が近いこともあってか、ネタはどれも新鮮だった。店内はとても静かで、職人が仕込みを行う音と家族連れの談笑が聞こえるだけだった。酒をじっくりと味わいながら、旅先の余韻を噛みしめて、テーブルの上の寿司をまたひとつ摘まんだ。

ホテルに戻り軽く酔いを覚ましてから、温泉に入ることにした。浴場には数人の宿泊客がいるだけで、貸し切りのように広々としていた。ゆったりと湯につかりながら、湯気で曇った大きな窓の向こうを眺める。熱海の町があった。夜空に花火が舞っていた真夏の熱海とは違っているけれど、こんな静かな熱海もいいなと思った。

翌朝、チェックアウトをしてから、商店街を再び訪れた。休日の昼間ということもあって、客足は増えていたが、活気や賑わいといったものはあまり感じられなかった。だけども、活気に満ちた人の賑わう場所に訪れることばかりが旅ではないのだ。華やかではないイルミネーション。早々に閉まってしまう商店街。一見すると、何の魅力も感じられない閑散とした観光地だ。だけども、都会の喧噪を避けて、ふらりと入った店で安い焼酎を飲みながら、期待もせずに頼んだあじの刺身に舌鼓を打ち、貸し切りのような温泉で物思いにふける旅があってもいい。

帰りの道中は旅の余韻を味わいながら、外の景色をボーッと見つめていた。家に戻れば、またいつもの日常が始まるのだが、昨夜の静かな町の風景が、僕の頭のなかにはずっと浮かんでいた。
posted by Dreamin' at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

視力低下の黄昏正月

2012年になりました。皆さま、いかがお過ごしですか?

僕はといえば、原因不明の偏頭痛に悩まされ、あまりにも不本意な正月となりました。いろいろと原因を考えた結果、シリョク・テイカという容疑者に行き着きました。眼科に行き検査を依頼した結果、彼にアリバイがないことが分かりました。

検査結果は0.3以下。数m先の文字がほとんど読めず、本当に驚きました。小さい頃から視力は良い方だったので、視力の暴落っぷりに落胆の色を隠せません。スタッフ曰く、この視力で、一日中パソコン作業をするのはかなりのリスクになるとのこと。偏頭痛、不眠、肩凝り、これら体調不良の元凶はヒロウ・ガンセイで間違いなさそうです。

そういうわけで、年末年始はとにかく携帯やパソコンを避け、目の保養に努めました。一点を見つめず、意図的に目を泳がせるという挙動不審スキルを習得し、目の疲労解消を当社比1.5倍の速度で実現。それでも、感覚を取り戻すのに3日ほど掛かったので、かなりの疲労が蓄積していたようでした。

現在はデスクワーク用のメガネを使用し、見える喜びを噛みしめている次第です。メガネ着用時の容姿について、理知的、インテリ、ムッツリスケベ、見た目に不快感を感じる、悪事を企ててそうなど、一定のご評価をいただきました。

昨年を省みると、隙間の時間を埋めるように携帯やパソコンを開いて、情報の収集を行っていたように思います。これは病的でした。「疲れたー」と横になりながら、ずっと携帯を見ている姿は、正に滑稽の極み。目を酷使しながら疲れが取れるはずもなく、受け身ばかりの悪癖は思考する時間も奪っていきました。

無思考の時間に慣れると、文章を書く機会も減り、ただ悶々とした時間を過ごしていたように思います。無意識レベルの習慣が放つエネルギーはとても強力で、肉体的にも精神的にも大きな影響がありました。自分自身の変化に対して、意識を向けることが足りていなかったと反省しています。今年は自分と向き合う"孤独の時間"をもう少しだけ持とうと決めました。孤独というと寂しさも感じさせますが、本当はちっとも寂しいことではなくて、豊かで穏やかな時の流れの中にこそ、真の孤独は存在しているのだと思います。


孤独とは、港を離れ、海を一人漂う寂しさではない。
本当の自己を知り、この美しい地球上に存在している間に、
自分たちが何をしようとしているのか、どこに向かおうとしているのかを知るためのよい機会なのだ。

アン・ジャノン・モンロー


孤独をしっかりと味わうことができたなら、日常の当たり前が違う意味を持ちはじめ、身近な誰かを想う気持ちをもっともっと大切にできるのかもしれません。


孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。

バルザック



バルザックさんの言葉をご挨拶代わりに、
本年もこの拙いブログとDreamin'を、よろしくお願いいたします。

今年は平穏無事な一年となりますように。
posted by Dreamin' at 18:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

ヘナチョコランナー筋トレを始める

今年の夏はひどく暑くて、日が落ちたあとも、走るには厳しい気候だった。
それに加えて、病み上がり。走ることをしばらく断念することにした。
何もしないというのも決まりが悪く、夕刻のヒグラシの声を聴きながら、
ストレッチや散歩をしていた。

九月になり、ようやく走れるかも?と期待したのだが、
ちっとも涼しくならず、ますますランニングから遠ざかってしまった。
ブランクが長くなればなるほど、走ることはますます億劫になっていった。

そして、ある日。
いつものように風呂に入ろうとしたときに、ふと目にしたオレ・イン・ザ・ミラー。
お腹がポックリと膨んだ男がいた。誰だ?俺だ!

風呂も忘れ、すぐに体重計に飛び乗ったが、体重はなぜか増えていなかった。
ただ、問題なのは体重の数字ではない。自分の体型に、自分が納得しているかどうか。
結局のところ、ダイエットへの飽くなき渇望は、この点に収束するのだと思う。

鏡の中の自分がきっかけだなんて、ひどく恥ずかしいのだけれども、
とにかく、ダイエットの決意を固めたのはこのときだ。素っ裸だった。

走るのはあまり気乗りしなかったため、とりあえず筋トレを始めてみた。
ただ、やるからには真剣だ。

まず、夜な夜な”正しい筋トレ方法”というような赤面キーワードをプッシュして、
Google先生に質問をぶつけまくった。

次にどこかの外人マッチョトレーナーが、
「ヘイヘイ!ボーイ!正しい腹筋はこうだぜ!」と言いながら、
ガンガン腹筋する動画もたくさん視聴した。
カメラ目線+満面の笑みで、「ユーの腹筋は燃えてるだろうか?」とおっしゃられる姿を見て、
正直、この人は少しだけおかしいのではないか?と思っていた。

ただ、情報収集のかいもあって、
正しい筋トレ?みたいなことも少しずつわかってきた。

今までは、バカみたいに回数を稼ごうと、腹筋や腕立てをしていたのだが、
本当に筋肉をつける場合には、ギリギリ10回〜20回できる負荷を与える運動が最適らしい。
そして、極力スローに動作を行うことも重要だ。
そうすることで、筋肉細胞の破壊→再生を意図的に誘発し、効率的に筋肉をつけることができる。

ただ、その代償として、高負荷のトレーニングはとても辛い。
何しろ、意図的に筋肉細胞を破壊するための運動なのだ。
マッチョがオススメするメニューを実践してみたところ、すごい筋肉痛に襲われた。
正に腹筋が燃えているようだった。動画の外人トレーナーへの暴言を、今こそ取り消そう。

トレーナーが目標に掲げたメニューをこなすのは無理だったけれど、
自分なりのヘラヘラ筋トレメニューを作り、数日おきに続けていた。
回数もあまり増やすことはできなかったけれど、多少は腹も引き締まってきたように感じられた。

涼しくなった11月くらいから、ランニングも再開した。
久々だったにもかかわらず、力を抜いて軽々と走ることができた。
おそらく、基礎筋力が向上したことで、
前よりも少ないエネルギー?で、走ることができたのかもしれない。
鍛え過ぎて筋肉をつけすぎると持久力が損なわれてしまうこともあるようだが、
自分のようなヘナチョコランナーにとって、筋力トレーニングはとても有用だと思えた。

そういうわけで、だいぶ遠回りをしたが、
ようやくランニングのモチベーションを取り戻せた。
いつかはフルマラソンに参加することを目標に、
今冬はじっくりと走ってみるつもりだ。もちろん、焦らず自分のペースを守りながら。

今日も仕事を終えて、のんびり40分ほど走ってきた。
気持ちの良い疲労感とともに帰宅。そしたら早速、腹を壊した。

そうか、今度は冷えに対して、対策を練らねばならないのか…
ヘナチョコランナーの道は、まだまだ長く険しい。
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2011年11月14日

秋夜の月を見ていた


雲隠れ富士の膝もと

秋の良き日に

宵の湖

空を見つめ

風はそよそよ

音もなく

水面を撫でる



彼方の月が

雲の合間から

照らしている

富士のシルエットが

空いっぱいのキャンパスに広がっている

その脇に

手が届きそうな星たち



湖面はゆらゆらと小さな波を

幾度も繰り返し

湖上の光を反射する

月がまばゆいほどに輝いていた



僕は湖の桟橋に腰掛けて

それをずっと見ていた

虫の音も

動物の気配も

人の姿も何もない

ただ 月があって

それに照らされる世界があって

僕はその世界を構成する一部となって

神聖な儀式を見守るように

ただ 存在していた

風がまたスーッと

僕の脇を通り過ぎた

posted by Dreamin' at 00:07| Comment(5) | TrackBack(0) | 詩作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

2011町田〜夏の陣〜

7月の終わりにカラダを壊した。
熱が出て、吐き気に襲われ、丸々1週間寝込んでいた。
そして、ほんのつい最近まで、その影響は続き、
心身の不調と戦っている間に、summer2011は終わりを告げていた。

後遺症の中で特に辛かったのは、お腹の下り具合だ。
いま、思い出してみても、ただただつらい。
下腹部のあたりがキュンキュンする。俗にいう”カフキュン”という奴だろうか?
思春期の中学生に多いというあれだ。

閑話休題。胃腸の話に戻る(別に戻らなくともよい)。
そもそも、僕の消化器官の脆弱性は、
各機関から改善命令のお達しが届くほどひどいものだった。
お腹を壊すことが日常茶飯事となり、
有事に際しても、別に…とか便座で呟けるくらいに
僕にはある種の余裕が生まれていた。

だが、今回の一件は、”お腹下しの自分史”のなかでも、
ひときわ大きな出来事だった。
呼吸するようにお腹を壊してきた僕でさえも、本当に堪えた一日となった。

あれは8月の連休に買い物がてら町田に行ったときだ。
某百貨店にいた僕は、下腹部に急な痛みを覚えた。

慌ててはいけないと己を鼓舞し、
刺激を最小限に抑えながら、速やかに地下へ駆け降りると、
忍者の様相で、トイレに滑り込んだ。

第一陣を退けて、ホッとしたのもつかの間。
百貨店からブックオフに場所を移した僕を、第二の刺客が襲ってきた。

ただ、ここは国内最大級の売り場面積を誇るブックオフ町田店だ。
各フロアに綿密に配置されたトイレによって、
第二の刺客たちを返り討ちにしてやった。
地の利を最大限に活かした勝利といえるだろう。

だが、町田の乱はいまだ静まることを知らず。

車を停めた駐車場に戻る途中、我が部隊は再び敵の急襲を受けた。
油断があったことは否めないだろう。
何しろ、その日だけで、僕は二回も敵を退けていたのだ。

三回目はない。

そんな、先入観が判断を鈍らせたのだろうか?
帰路を襲われたのも迂闊だった。
しかし、後悔をする暇もないほど、
敵の猛攻は凄まじく、熾烈を極めた。

早足の内股で撤退をしながら、態勢を立て直そうと必死だった。
慌てたら負け。敵を本陣に一兵たりとも漏らしてはいけない。

駐車場の近くに見つけたホテルに飛び込むと、
一階ロビーのフロント係にトイレの場所を尋ねた。

指示された場所には、豪勢なトイレがあった。
すでに敵は本陣の目前まで迫っていたが、
トイレスペースにたどり着いた僕は安堵をしていた。

が、なぜだかドアが開かない。
10cmくらいは開くのに、何か得体の知れない強い力によって
扉はすぐに閉ざされてしまう。
目と鼻の先に便器はあるのに、どうやってもドアが開かない。
焦燥が僕を伝った。主に下腹部のあたりを。

すると、たまたまトイレを利用中だった中年のホテルマンが、
「横のスイッチを押すんですよ」と、ボタンを横からプッシュ。
主を招き入れるように、ドアはシューっと静かに開かれた。

ドアは電動式だったんですね。
それを僕はバカみたいにガタガタやってたわけ。
しかも、狂ったような表情で。

つまみ出されてもおかしくない奇行だったにも関わらず、
ホテルマンは微笑しながら、わずかにお辞儀をして、
早々にトイレを去っていった。マジ、ジェントルマン。
胃腸共々、感謝感激ですよ。

まあ、そういうわけで、なんとか町田では事なきを得たんだけど、
帰りの車中はマラソンを走り終えたランナーみたいに、さすがにゲッソリしてた。
かつて、僕はこれほど尻を酷使したことがあっただろうか?
とか、アホなことを考えながら、運転していたような気がする。

あれから三ヶ月。

スッカリ体調も良くなって、お腹を壊すことは減ったけれど、
町田に行くことがあると妙にビクビクしてしまう。

わずか2時間くらいの間に、トイレを3軒もハシゴして、
電動のドアをこじ開けようとしたあの夏の日。

でも、大丈夫。

電動式のドアがあっても、僕は落ち着いて開閉ボタンを押すことができるのだから。
これからも胸を張って腹を下そう。



ホテル ラポール千寿閣で働くジャントルマンに感謝をつけて。
このエントリーを捧げます。



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2011年06月24日

ヨナキドリ

深緑が茂る森の奥深く

古の昔から

この世界を見守ってきた大樹があった

太陽が西に落ちると

森は静寂だけを

その懐に抱いて

生き物は闇に溶けていく



時はゆるやかだ

邪魔するものは何もない

風だけがやさしくそよいでいた



一羽の真っ白な鳥が

音もなく空を駆けていく

雲の合間を縫うように

空をくるりと舞い

大樹の頂に降り立った



誰も聴くことのない歌を

夜泣き鳥

声は届くのか

夜泣き鳥

霧のような声を

夜泣き鳥

美しい夜空と世界を

その水色の瞳に映しながら



静寂を抱いた

森だけが

この歌に耳を傾けている

呼応するように

木々の揺らめきがリズムとなる

音無き音たちの群れは

いつしか音のないまま

無限の旋律となって

この大地に伝うだろう



この耳には

聴こえなくとも

夜泣き鳥

この胸のなか

確かに響いているから

夜泣き鳥

今宵も大樹の上に立ち

霧のような

その声を

聴かせてくれ
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